●中山寺總持院創建の由来●●●
中山寺は約 1,400
年前のむかし、聖徳太子16歳の御時の創建で、当時宝塚の小浜が武庫川の舟つき場となっていたころ、大陸・半島からの一つの交流所になっていたと考えられ、そこに文化の集約所として中山寺が仏教を学ぶための大学的存在になっていたと考えられます。
そのため、現在の観世音菩薩への信仰もインド・中央アジア・中国・朝鮮半島を経て最初の上陸地点であったとも考えられます。
ですから、わが国最初の観音信仰の発祥地としても知られており、創建以来、荒木村重の乱により織田信長に焼き討ちされるまで、塔頭(たっちゅう)寺院百数十を数えたと記録に残ります。
その寺院の一つとして總持院が残り、現在に至っております。
本尊
十一面観世音菩薩
この世の苦をはらい、楽を与える。抜苦与楽を目標とする菩薩観世音は、一般民衆の声を聞き願いをかなえることで、自分も高まり如来となれる。 |